五味池破風高原のご案内

豊丘地域づくり推進委員会
元委員長 吉田 五ッ雄

五味池破風高原
須坂市大字豊丘字乳山3321
1,800ヘクタール

 乳山という地名のおこり 豊丘ダムの東とやや北に二つの岩が並んでそそり立ち、遠くから眺めると両の乳房を思わせるところから名ずけられたという。「ちちやま」、または「にゅうざん」ともいう。地元では「にゅう」が訛(なま)り「にょう」と呼ぶ者もある。
 破風岳(1,999m)は、群馬県境の北端に位置し岩山が高山側に50m程の切り立った岩を言い、正に風を裂く岩から名付けられた。
 五味池とは五つの湖に溜まる水の色周辺の環境により水面の色が違うところから名付けられたもので、味が違う訳ではないと言う。嘉永末年に発刊された須坂藩家老丸山辰政著書「三峯(さんぽう)紀聞(きぶん)」には塵芥池(ごみいけ)・ちりあくた、と書かれているが多分当て文字と思う。
 先人がこの高原の野草地に家畜の放牧を始められた年代は、明治5年と言われ県下では最も古く画期的試みであり10年頃から各所に放牧飼育が始まったといわれている。
 最も、言い伝えによればこの時代以前に集落から近い奈良山一帯で放牧の経験がなされており、この地の人たちには格別新しい方法ではなく、畜舎飼いの手間を省く方法として古くから行われたようである。須坂市の坂田信号機から県道五味池高原線に入り右に豊丘小学校を見、更に2km程登り豊丘水源地からは集落も無く(水源地から上流には岩魚がいる。)杉木立の道路であり、急なカーブが続くので対向車に注意が必要である。道路は全線舗装で車にさ程の負担はかからない。瀬ツチロ、奈良の平、中見平、観音平を経、大沢のカーブを過ぎ200m程進むと唐松林に囲まれ車を走らせる。
 6月の中旬、日陰を好む花カタクリが迎えてくれる。道路両面には「ココですよ」と誘うが如くにポツンポツン位しかないが、車を降り林に入ると群生を発見する事ができる。
 唐松の新芽には、これもまた素晴らしい空気に新緑の香りまで感じさせてくれる。
 大沢(大沢は紅葉が見事)を越えると道は下りとなる。このあたりを坊平(ぼうだいら)と言い車寄せがある。
 車を休ませ、アルプス全山、須坂市、長野市を望む絶景の眺めを満喫できる処である。
 この坊平を昔は聖山(ひじりやま)又は、はい原山とも言い、寺のお堂もあり、代々井上城主のお鷹狩の場でもあったと伝えられている。
 又、この一帯秋はキノコ狩りを楽しめる所でもあるが、地元の者に案内を依頼されることが安全かと思う。
 200m程車を走らせた右側眼下(44号カーブ)に「豊丘ダム」全容を独り占めすることができる。
※この44号カーブ西一帯の県道両斜面には、5月にミスミソウの大群落があり、白い花が風にゆれながら咲き誇る姿をみることができる。
 秋、このあたりの松林は松茸を始めとし、ムラサキシメジ・シモフリシメジ・センボンシメジなどが採れる場所であるが、現在キノコ組合が管理して居り勝手な入山は禁止されている。ここからの道路はさ程の急勾配でもなくホッとする一本道ではあるが、カーブが多い唐松林なので気は抜けない。唐松林の中を登ること約15分、ヘアピンカーブ右に穴水の案内板で車を停め、徒歩200m 樹令150年以上のハンノキ・
 サワグルミ・コナラ・カエデ等と一緒にウラジロモミの大木があたりを暗く覆う。切り立つ岩にイワタケが張りついている。岩の根元に洞窟が最暗の姿を見せ奥に水が落ちる。音が響いて来る。「穴水」(信州の名水秘水)である隣りには、岩をしたたる清水が流れ落ちている。
 岩の頂上附近には、サワラの老木を見ることができる。
 夏はスズランの群生。
 三峯(さんぽう)紀聞(きぶん)に「明光寺村の伝右エ門という男が山稼のためこの辺に昔この辺りに来て杣(そま)仕事に夢中となりついに日も暮れ、この洞窟で一夜を過ごした。その夜半、年の頃17〜18才位の美しい女が来て山海の珍味、酒まで出し接待をし添い寝までしてもてなしてくれた」と言う話が載っている。
 夜明け前彼女は、伝右エ門の膝に伏し涙を流しながら「お前様 里に帰ってから今夜の事は一切人に話してはいけませんよ、もし他人に話すと、大変な事になりますよ。」
と幾度も繰り返し説いたと言う。伝右エ門は「ヨシヨシ 決して喋らないから安心していなさい」と約束をし、里に帰ったが、常に、楽しかった一夜を思い出しつい口元も緩みニタニタと思いにふけって居たと言う。ある夜、村祭りの祝酒が振舞われいつもニタニタ思い出し笑いをする伝右エ門に若い衆が入れ替わり酒をすすめ、正体もなくなった伝右エ門は遂にあの夜の出来事を話してしまった。その途端ウッと血を吐き悶死してしまったと言う。
 この穴水の北山頂を悪婆山と称し「山婆」の住む所と伝えられている。
 さて、春この辺り道端の笹を分けて見るとウドを沢山見つけることができる。
 太いワラビ・コシアブラ・タラの芽等いたるところに見つけることのできる楽しい場所である。
 ここから右に大きくカーブを取ると駐車場までもうすぐ、やっと長い県道五味池高原線終点到着。
 
 ここでトイレを使い冷たくうまい水を飲み改めて四方に目を移す。
 南側はまさにレンゲツツジの紅色が全体を包み、所々を白樺の幹とまだ黄味かかった青葉の林とが折り重なって目にしみる。レンゲツツジの間を散策する人の姿・のどかに草を食む放牧牛。ここからは荷物を手に徒歩5〜6分で管理棟到着。
 東に目を転じてもレンゲツツジ、南はるか下の池平もまたレンゲツツジ。100万とも200万株とも伝えられている。ツツジまたツツジである。まれにキレンゲの花が遠慮しながら咲く姿も発見できる。よく見るとレンゲツツジは比較的日当たりのよい場所を好み、白樺の陰には目にしみるほど澄んだ濃い紫の花ムラサキヤシオツツジが彩りを加えている。
 アズマヤを過ぎ大平に登る東南の草原全面が真っ赤にレンゲの花に埋まって見え、また池平も同様である。大池には、子供たちがつり糸を垂れフナ釣りを楽しみ、レンゲの間にはワラビ狩りの人たちの白い上着姿は面白い風影をおりなしている。又、大池の東淵にズミの大木が枝いっぱいに白い花をつけ目にしみる。大池には北側の風影をそのまま池面に写し静かな波に布袋岩の巨大な姿を、ゆらゆらゆれながら写し出し見事である。
 大池のある池平、東五味池周辺はワラビの大産地であり、お盆前にワラビ狩りをした経験もある。
 早春、五月末から六月上旬この大池の周りを歩くと1cmほどの真っ黒な蛙の赤ちゃんの大群を見ることがある。その数無数としか表現できない、足を一歩踏み出すと地面がザワザワと動いていると感じる程のおびただしい数であり圧倒される程の数だぜひ一度体験されてはいかがでしょうか。
 西五味池入口の巨岩の隙間に“ヒカリゴケ”を見ることができる。ニガ池の東灰野川沿いの古い炭焼窯の中の群生は大きいが案内人なしでは尋ねることが難しい。灰野川源流地は蕗(ふき)の産地で丈が1mほどもあり、面白いほど採る事ができる。採るのは良いが帰りが大変である。
 西五味池を訪ねられたら雑木林の地面をよく観察してほしい。但し七月下旬以降であるが“ミヤマツチトリモチ”を発見できる。最大の群生地は4?ほど下がった旧道周辺であるが西五味池でも見つけることが可能であるが、食用にはならない。
 昔はこの根を潰し鳥餅を作り竹の穂先につけ鳥を狩したと言われている。
 大平では八月、高山蝶で「長野県の天然記念物」である“ベニヒカゲ”を見ることができる、高原ではどこでも見られる蝶であるが、この破風には羽根に紋の無いベニヒカゲが生息して“紋無しベニヒカゲ”と称しマニアの間で有名となり、一時絶滅かと心配されたが市の保護によりだいぶ復活したと聞いている。
 絶滅種といえばイヌワシの姿は昭和48年以降全く見られなくなった。戦後山林の乱伐により、改めて植林が行われた際野ウサギが若木を食い荒らすため、キツネを放獣しウサギ退治をしたため、イヌワシの餌の野ウサギが激減したからと聞いているが残念である。
 乳山北の沢の岩魚もマニアの間では有名である。
 30cmを越す大物がヨシミの滝から下流に見えるが、一人での入漁は危険である。
 紅葉 奈良山では先にも書いた大沢周辺、五味池破風高原では唐松の紅葉さえ美しい
 特にレンゲツツジの紅葉は見られる期間はわずかであるがそれは見事と言う以外言葉は無い。
 また、薄く紅を含めたベニドウダンツツジの大木や白花のドウダンツツジ、ホツツジムラサキツリガネドウダン(学名 ウラジロドウダン)が散見される。
レンゲツツジと同じころ芝生にフデリンドウ、タンポポ、地梨と方言で呼ぶクサボケの真紅の花(秋には黄色く熟れた3cm大の実をつけ香りが素晴らしい)初夏の草花ウメバチ草がいたる所に咲く、イワカガミ・イチヤクソウの白と紅。陰地にはギンリョウソウ(ユウレイタケ)全身が透きとうるように白く丈10cmぐらいの花、スミレ、ホタルブクロ(この花を山蟻の巣に入れると蟻の出す酸で花の色がピンクに変わる)

夏 マルハダケブキ(毒々しい程の黄色の強い花)マツムシソウ、ギボウシ、ノコギリソウ、シモツケソウ、オダマキ、フシグロセンノウ、
秋 ミヤマリンドウ、アキノキリンソウ、オトコエシ、ニガナ、ツリガネニンジン、マツムシソウ、ヤマユリ、アキカラマツ
あけび、やまぶどう、さるなし、ずみ、マユミ等が実をつけ、山歩きの楽しみの一つである。

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